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沖縄県知事選挙〜現地からの通信

沖縄塾の塾生(UY)から、情報が送られてきますので掲載いたします。

■短信−1 (2018924)

  旅に出ると、風景、動植物も気候などが注目されますが、何と言っても一番の魅力は人です。出会った人を中心に送ります。まずは、奥間政則さんです。選挙事務所第一日目は22日ですが、朝、奥間さんがやってきました。彼とは、大分前に伊波さんと一緒に「狸」で一夕ともにしたことがありますが、今年は諏訪と横浜で会いました。

 彼を含めて辺野古からの訴えが県庁内広場でありました。彼はウチナ−ンチュの立場から、また土木技術者としての立場からマイクで一生懸命訴えていました。場所を移した新都心の街角(集会が行われた近く)でも同様でした。終わってからさらに宜野湾へ足を伸ばしています。翌23日にも宜野湾でのヘノコンチュの活動に参加されておられます。

 奥間さんが、基地反対運動やハンセン病差別の語り部になられたのは、意外と最近のことで、3年前の2015年からです。いつスタートしたかよりも、その中味が重要です。古宇利島へ架けた橋の橋脚建設の現場責任者だった経験を生かし、大浦湾の地盤の問題について、貴重な情報を専門学者らに伝え、専門家らのチームづくりに貢献されておられます。このように専門家の助力があって、はじめて大衆運動は具体的に勝利の展望を切り開けるのではないでしょうか。

 〔今朝の報道、タイムス「玉城先行」、新報「互角」〕

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親子で沖縄の文化体験の旅!!

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【沖縄の誓い】平和の詩 「生きる」

今日は決して決して忘れてはならない沖縄の「慰霊の日」です。沖縄全戦没者追悼式で、 沖縄県浦添市立港川中学校3年 相良倫子さんが、平和の詩「生きる」を朗読されました。
…………………………………………………………………………
私は、生きている。
マントルの熱を伝える大地を踏みしめ、
心地よい湿気を孕んだ風を全身に受け、
草の匂いを鼻孔に感じ、
遠くから聞こえてくる潮騒に耳を傾けて。
 
私は今、生きている。
 
私の生きるこの島は、
何と美しい島だろう。
青く輝く海、
岩に打ち寄せしぶきを上げて光る波、
山羊の嘶き、
小川のせせらぎ、
畑に続く小道、
萌え出づる山の緑、
優しい三線の響き、
照りつける太陽の光。
 
私はなんと美しい島に、
生まれ育ったのだろう。
 
ありったけの私の感覚器で、感受性で、
島を感じる。心がじわりと熱くなる。
 
私はこの瞬間を、生きている。
 
この瞬間の素晴らしさが
この瞬間の愛おしさが
今と言う安らぎとなり
私の中に広がりゆく。
 
たまらなく込み上げるこの気持ちを
どう表現しよう。
大切な今よ
かけがえのない今よ
私の生きる、この今よ。
七十三年前、
私の愛する島が、死の島と化したあの日。
小鳥のさえずりは、恐怖の悲鳴と変わった。
優しく響く三線は、爆撃の轟に消えた。
青く広がる大空は、鉄の雨に見えなくなった。
草の匂いは死臭で濁り、
光り輝いていた海の水面は、
戦艦で埋め尽くされた。
火炎放射器から吹き出す炎、幼子の泣き声、
燃えつくされた民家、火薬の匂い。
着弾に揺れる大地。血に染まった海。
魑魅魍魎の如く、姿を変えた人々。
阿鼻叫喚の壮絶な戦の記憶。
 
みんな、生きていたのだ。
私と何も変わらない、
懸命に生きる命だったのだ。
彼らの人生を、それぞれの未来を。
疑うことなく、思い描いていたんだ。
家族がいて、仲間がいて、恋人がいた。
仕事があった。生きがいがあった。
日々の小さな幸せを喜んだ。手をとり合って生きてきた、
私と同じ、人間だった。
それなのに。
壊されて、奪われた。
生きた時代が違う。ただ、それだけで。
無辜の命を。あたり前に生きていた、あの日々を。
 
摩文仁の丘。眼下に広がる穏やかな海。
悲しくて、忘れることのできない、この島の全て。
私は手を強く握り、誓う。
奪われた命に想いを馳せて、
心から、誓う。
 
私が生きている限り、
こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、
絶対に許さないことを。
もう二度と過去を未来にしないこと。
全ての人間が、国境を越え、人種を越え、宗教を越え、
あらゆる利害を越えて、平和である世界を目指すこと。
生きる事、命を大切にできることを、
誰からも侵されない世界を創ること。
平和を創造する努力を、厭わないことを。
 
あなたも、感じるだろう。
この島の美しさを。
あなたも、知っているだろう。
この島の悲しみを。
そして、あなたも、
私と同じこの瞬間(とき)を
一緒に生きているのだ。
 
今を一緒に、生きているのだ。
 
だから、きっとわかるはずなんだ。
戦争の無意味さを。本当の平和を。
頭じゃなくて、その心で。
戦力という愚かな力を持つことで、
得られる平和など、本当は無いことを。
平和とは、あたり前に生きること。
その命を精一杯輝かせて生きることだということを。
 
私は、今を生きている。
みんなと一緒に。
そして、これからも生きていく。
一日一日を大切に。
平和を想って。平和を祈って。
なぜなら、未来は、
この瞬間の延長線上にあるからだ。
つまり、未来は、今なんだ。
 
大好きな、私の島。
誇り高き、みんなの島。
そして、この島に生きる、すべての命。
私と共に今を生きる、私の友。私の家族。
 
これからも、共に生きてゆこう。
この青に囲まれた美しい故郷から。
真の平和を発進しよう。
一人一人が立ち上がって、
みんなで未来を歩んでいこう。
 
摩文仁の丘の風に吹かれ、
私の命が鳴っている。
過去と現在、未来の共鳴。
鎮魂歌よ届け。悲しみの過去に。
命よ響け。生きゆく未来に。
私は今を、生きていく。
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ブッロコリーの森から

■2017年9月23日 160
 9月17・20日高江に行った。
 防衛局が9月に終了とされている。G地区への進入路の工事はほぼ完成らしい。20日久々に作業員への工事阻止の活動を行った。今日も超早朝から多くの有志が参集した。作業員の動きは遅く、数も半分ぐらいに減っているように感じた。この工事は終わりが近いのかもしれない。私はG・Hゲートの前にいた。いつも通り作業員たちはなんて手かに分かれ高江橋の近くから入ったりしながら、G・Hには3名の作業員が姿を現し、強引に脇道から入ろうとしたが、依然作業員が入って行ったその入り口は海兵隊の名でロープが張られ侵入し難くなっていた。結局少し離れた脇の草むらから入っていった。また、高江橋とG・Hゲートをウロウロした作業員の別のグループは結局高江橋あたりから入った。
 G・Hゲートの前には一時交代要員の民間警備員40名がずらりと1列に並ぶ異様な光景が出現した。ここだけにこれだけの帝国警備の警備員、N1にも同様にアルソックの警備員が、N4にも数名の警備員が24時間いる。民間人に守られ、機動隊が出動しなければできなかった工事がどういうものか、沖縄に寄り添うという言葉の空虚さをまざまざと見せつけられる思いだ。その費用は全て日本人の税金で賄われている。
 朝4時から集まり始めた有志は9時に解散した。工事も9月で終わりではないだろうが、ヘリパッドが完成して残されるのは、更なる環境破壊と、事故による水がめ汚染の恐怖と、騒音・事件・事故による住民の苦痛だ。北部訓練場の全面返還・全基地撤去の日まで諦めることなく頑張りましょう。

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ブッロコリーの森から

 ■2017年9月2日(土)159
 8月25日から31日まで高江に行った。早朝の作業員への説得活動である。今回はG,Hゲート前でも座り込むという行動もした。超早朝、25日から日曜を除き6日連続という負担の大きい行動であり、参加人数も10名から30名位ですがそれぞれ出来る限りの力を尽くして頑張りました。建築設計のコンサルタント会社も確認されました。これから設計し直す部分もあるようです。

 9月までと言っている防衛局の説明も怪しいものです。私は集落入口で立っていました。高江住民の方からは不審げに見られた面もあったかと思いますが、こちらの趣旨を理解し、「私は那覇来からている。ここは県民の水瓶でもある。事故があったらどうなるのか。本格運用を少しでも遅らせたい」との気持ちを伝えると「そうだ、分かってもらえるのはありがたい」、また反対にどうせ止められないと批判的な方も「事故は起きる」と断言しています。

 県民は最近の米軍の無謀な訓練・事故には不安を募らせています。政府は高江は終わった、辺野古の工事は進んでいると県民のあきらめを狙っています。でもどうして諦められるでしょう。私たちはこの森の水で生きているのだから。早朝の満天の星空にはただただ見上げるだけ。部落の人から教えられた方向に目をやると虹が出ていた。

 

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新プログラム事業について

●新プロクラム「平和未来を託すこどもたちのために」の提案が各地ではじまりました。(USBは貸し出しできます)
【プログラムの目的】
このプログラムは、わが国が再び「戦争」という惨禍に、どうすれば巻き込まれることがないようになるか。わが国を背負う次世代がこの国が犯した過ちの歴史を学び、長期的視点に立ち、平和の国づくりの柱となる人材育成の機会を作るプログラムです。
このプログラムは、パワーポイントで作成され、ご希望者にはUSBを提供できます。各地で活用されるよう願っています。なお、琉球・沖縄センター作成のニコニコチャンネル第211回もUSBが届いております。これも貸し出し可能となりました。
以下の各地ですでに紹介活動がはじまりました。
 2017/02/16 第37回健康福祉連携事業研究会
         /06/23 信州沖縄塾
         /06/25 長野と沖縄を結ぶ会
         /07/07 琉球・沖縄センター
     /09/12 長野本願寺/人権センター
         /10/21 信州・長野ネット結成交流会
●7月7日の琉球・沖縄センターでの講演は、ニコニコチャンネル第211回で放映されました。8月15日の長野市民新聞に映像作家丸田勉さんがコラムで、 8月16日信濃毎日新聞朝刊「松代シリーズ」最終回で詳しく報道されています。

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信州沖縄塾
e-mail:soj@ued.janis.or.jp
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ブッロコリーの森から

■2017年8月20日(日)  158
 8月17日夜から高江に行き、超早朝の行動に参加した。夜、のんびり高江でくつろいでいると、9時前にオスプレイ2機がやって来て1時間ほど飛行訓練をしていた。ヘリ音に気づき窓から外を見ると、県道を車が走っているのかと思うほどの低空飛行だった。
 早朝行動には20名程の参集があった。何とか作業員に工事を止めてもらうように基地への出入り口数か所に散り、移動しながらの行動だった。N1表の入口で止められた作業員はなんとアルソックの車2台に送られ、ゲート前で急停止して、基地内に飛び込んでいった。民間警備員であるアルソックの職員は先週は市民に暴行を働き、今回は警備の範疇を越え工事作業員と一体化する行動をとった。
 防衛局員・機動隊がいないと彼らがその代りを果たしている。11時頃には機動隊が駆けつけ、アルソックに人間壁を作らせながらダンプ14台が基地内に入って行った。芝8台・砂?4台・不明荷1台、重機1台のダンプに作業員車2台であった。機動隊員は常駐していないが高江が平穏になったわけではない。工事は進行中であり、いざとなれば違法も無法も問わず強行する姿勢は変わっていない。

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■2017年8月11日(金)157
 9日、高江に有志30名程が参集した。超早朝の活動である。今も毎日続いている工事を少しでも遅らせるため、作業員に工事を思いとどまってもらうために。N1ゲート前で体を張って頑張った仲間の一人はアルソックの警備員に2度も倒されたそうだ。機動隊が居ない時、彼らは直接暴力行為に及んでいる。ここまで彼らがする、させられるのは違法で異常だ。

 普天間所属のオスプレイが5日、オーストラリア沖で墜落、米兵3名が死亡する事故があった。どこの所属であろうが飛ぶ限り落ち、落ちれば被害を受ける危険性はどこにもある。県は飛行停止を求め、防衛省は飛行自粛を求めた。自粛で米軍機が飛ばないと思っているなら、現状認識が全く出来ていないし、分かっているけど取りあえず何らかのポーズをとってみたというなら、自国民への背信・安全放棄だろう。

 沖縄では7日から飛行した。昨年12月に安部沖で墜落した事故報告も未だない。安全のためには飛ばない以外はない。13日は沖縄国際大学にヘリが墜落して13年目となる。悲しい記念日が増え続ける。

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■2017年8月5日  156
 2日、早朝に高江に行った。工事はまだ続いている。資材も重機も既に入っていたり、これから入る物もあるだろうが、確実なのは作業員が毎日入っていること。人なくして工事は進まない。今の沖縄は深夜の訓練も、住宅上空のヘリコプターの物資吊下げも、外来機・米州所属のへりの訓練も合意違反でないと米軍はいい、いくら抗議しても訊く耳は持たない。
全て例外が日常になっている。高江も新しいヘリパッドが7月11日から使われ出したが、これからヘリパッドやその周辺の道路などが整備されれば、使用頻度は増えるだろう。今できることは工事を少しでも食い止めること。
 高江の早朝行動は厳しし、多くの人が来れるわけでもない。でも、何とか個人の都合をつけ、辺野古を気にしながらも毎回20名前後が集まり、工事業者に工事を止めて欲しいと説得活動をしている。幸い、今、高江に警察は常駐していない。辺野古から警察が来るまでの間、少しは工事を遅らせる事が出来ている。毎日この行動が取り組めればいいのだが、集まれる人は限りがある。それでもできる限りの抵抗を高江でも繰り広げている。2日、作業員が全て現場に入るのは11時過ぎとなり一定の遅滞には繋がった。翌3日にはトラックや重機が10台入って行ったそうだ。悔しいがそれでも抵抗は続けていこう。
 今、沖縄は亜熱帯の果物が一番豊富な時期だ。東村はパイナップル日本一の産地。パイナップル・パパイヤ・パッションフルーツ・マンゴー、バナナやドラゴンフルーツもあるなあ。今日は何を食べようか?こんな贅沢な悩みも、ここにはある。

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ブッロコリーの森から

■2017年7月29日 155
28日高江のメインゲートで「ヘリパッドの運用に抗議する緊急集会」が11時から持たれた。暑い、遠い、辺野古も気になる、そんな状況ではあったが、150名が駆けつけた。政府は、もうヘリパッドは米軍に引き渡した、運用は米軍任せ、もう高江問題は終了、とイメージ付けたいところだが、私たちはそうはいかない。運用で生物はこれからさらに苛められ、人間の生活は不安・苦痛にさいなまれる。かけがえのないやんばるの森は死に向かって歩み続ける。高江のヘリパッドに外来種のキキョウソウという北米原産の外来種の侵入が持ち込まれたのが確認された。有銘小学校(東村の南端)でノグチゲラの死骸が見つかった。窓ガラスにぶつかり死んだとみられ、ヘリパッド建設で森林が減る、オスプレイの騒音等の環境悪化で生息域が南下していると推測される。
米軍人の引き起こす事件の47%が沖縄でであるという報告が全国の知事会議でなされた。全国でどのような犯罪がどのくらい引き起こされているのか、私たち県が知らないように、沖縄での犯罪もよほどの事件以外は知られていないだろう。酒気帯び運転などは日常茶飯事なのだ。新基地建設に反対する思いは余りにも多岐にわたっている。昨年高江で抗議活動中に、防衛局員に怪我を負わせたとして逮捕された方の判決が27日那覇地裁で出された。怪我の程度はレントゲン写真等では確認できず、「本人の希望で2週間の負傷」といういい加減さで懲役1年6か月、執行猶予3年という信じられない判決だ。
このままではますます弾圧はひどくなるだろう。だけど私たちは諦められないし、諦めない。東村の島ぐるみの方からは北部訓練場の返還後を考えている、という話も聞かせてもらった。外交・安全保障を研究する米大学のマイク・モチヅキ教授は来沖し、「これほどきれいな海を埋め立てて滑走路を作るのは残念。新基地反対運動の強行は米軍安定駐留に影響」と語り辺野古新基地計画の代替案を提言する検討会を立ち上げる考えを示したと地元新聞で報道された。安倍政権・防衛省も軋みがひどくなってきた。高江も諦めないで運動を繋げていきましょう。

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