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ブッロコリーの森から

■2017年1月.22日 送信 136
18日に高江に行く。N1ゲートにはいつもの警察のコンテナ車とゲリラ用警察車両のみ。しかし停車禁止の標識もずらっと並べたポールも片付けられはしない。ゲートの前を民間警備会社のアルソック社員が10名ずらっと立っている。内側には機動隊員・防衛局職員がちらちらとこちらの動向を伺っている。表面上は静かだが中での工事は続行中。N4,GHの入口もアルソックの警備員がずっと立ち尽くしている。
彼らはいったいいつまで、何のために居るのだろう。辺野古でもゲートの前に立ちつくし車両の誘導などをしている。これ全て国民の税金だ。県外から来て、基地を食い物にしている企業がここにもいる。N1ゲートの前に座り込んでも何も抵抗・抗議も出来ないのだが監視は必要だ。11時半頃から午後5時頃まで上空を米軍ヘリが飛び続けた。
その間にオスプレイも2機編成で3度来、N4で離発着訓練をした。飛べば飛ぶだけ事故が増える。20日夜にはうるま市(東海岸)の伊計島の農道に普天間所属の新型攻撃ヘリAH1Zが不時着した。そして何事もなかったように同型機は翌日も飛び続ける。17日の地元紙に暴かれたのは2015年、米艦船ボノムリシャールが沖合で汚水をドラム缶にして750本分海洋投棄していた件だ。
情報公開で地元紙がすっぱ抜き、県民の知るところとなった。都合の悪いことは隠し、隠し切れないことは矮小化し開き直る。あーあ、米軍よ出て行ってくれ。写真はY氏たちが作ってくれた、森に溶け込めそうなトイレ。

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■2017年1月16日 送信 135
 11日、今年初めて高江に行った。N1ゲートは機動隊のコンテナ車が1台停止し、その前に民間警備会社のスタッフが10名程、内に防衛局職員が数人、おそらく県警の機動隊も居るのだろう。道路上には県警のカマボコ車とゲリラ車1台が留まっているだけだった。しかし、ゲート中心に南北100メートルぐらいには停車禁止の標識を残したままである。N4にも民間警備のスタッフが常駐している。県外の機動隊500名は地元に帰ったそうだ。外からは動きが見えないが、G,Hの入口から作業員が入っているのは確認されている。G地区と宇嘉川河口部を結ぶ歩行訓練ルートを含め工事全体が完了するのは8月頃と防衛局は伝えている。返還式典後、砂利を剥がし工事をやり直しているのが市民から指摘されている。13日にはN1ゲートからミニユンボ・単管・フェンスなどの資材の搬入もあった。完成は未だしていない。
12月30日、遅ればせながら我が家(那覇市)で年賀状を書こうとしたが、オスプレイを含む米軍ヘリが午後すぎから夜遅くまで飛行し続けた。おめでとうの言葉が出てこない。心からおめでとうと言える日を迎えるために、全基地撤去の日まで声を上げ続けるしかない。写真はN1テント奥で花をつけていたチケイラン?

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山城博治さんらを救え!

「山城博治さんたちの早期釈放を求める会」趣意書 
 
 山城博治さんが2016年10月17日、高江のオスプレイヘリパッド建設 現場で有刺鉄線を切断したとして器物損壊容疑で逮捕されてから、はや70余 日が経過しました。  この間、沖縄県警は、山城博治さんたち7名を次々と公務執行妨害、傷害、威 力業務妨害などの容疑で逮捕し、うち4名は保釈されたものの、今なお山城博治 さんを含む3名が起訴され、長期勾留を強いられています。しかも、山城博治さ んには接見禁止がついていて、弁護士以外は接見できず、家族も会えないという ひどい扱いを受けています。

 これらの逮捕は、いずれも不当極まりないものであり、市民による抗議運動の 高揚に恐れをなした安倍政権の差し金による高江・辺野古の運動潰しにほかな りません。

 不当勾留されている3名とも、連日の長時間に及ぶ取り調べにもかかわらず、 不屈に闘い続けていることはいうまでもありません。ただ、ここで私たちが何より懸念しているのは、長期勾留による3名の健康状 態であります。なかでも、山城博治さんは、2015年に大病を患い、現在もそ の影響で決して健康な身体であるとはいえません。現に12月19日の血液検 査で白血球値がぎりぎりまで下がっていることが医師から告げられ、家族をは じめ友人、知人が憂慮しているところであります。また、山城博治さんは、末端 冷え症で手足が冷たくなりやすい体質のため、これからの季節がより一層健康 に悪影響を及ぼしかねません。これ以上の勾留は、山城博治さんの生命を危険に さらすことになりかねません。

 このような状況で、私たちは取り調べ期日が終える12月20日を藁にもす がる思いで待ちました。なぜなら、通常通りであれば取り調べ期日が終われば当 然保釈されるものだと思っていたからです。ところが、私たちの期待も空しく、今なお裁判所は釈放を認めようとしていま せん。裁判所は、検察の山城博治さんたちを社会に帰さない、運動させないとい う強い意向の前に、自らの良識をかなぐり捨て、人権を尊重するという本来の責 務を放棄したと断ぜざるを得ません。

 よって、私たちは、沖縄のすべての人々、全国の良識ある人々に広く呼びかけ、 山城博治さんとその仲間たちの一刻も早い釈放を勝ち取るための運動を展開し ていきたいと思っております。この趣旨をくみ取り、一人でも多くの方がご支 援・ご協力を賜りますよう心からお願い申し上げます。
 
共同代表   山内徳信、崎原盛秀、伊波義安、仲宗根勇、新川秀清、東門美津子 事務局長   平良眞知
 
連絡先 電 話:090−6864−6628(照屋)

住 所:〒904−2245 沖縄県うるま市赤道 17-5 照屋大河事務所気付

メール:t-taiga@gaea.ocn.ne.jp

 

 

 

 

 

 

 

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■2016年12月30日送信 134
26日、翁長知事が前知事の取り消しを、「最高裁での敗訴」を受けて取り消した。これで前知事の承認が復活した。最高裁の判決には執行力はないので取り消しを自らする必要はない、するにしても締切日はないので県民への説明を十分してから、待ってほしいと県庁・知事公舎で要請したが適わなかった。27日すぐにも政府は工事に着手するかもとのことで、27日はまず辺野古に向かった。高江の工事が始まってからは座り込みには全く参加できなかったので、ゲート前で皆と座り込むのは何か月振りだろう。当日は雨・風が強く今日の工事強行はなさそうとの判断で高江に移動した。高江では警察車両・機動隊員の姿は全く見えず、民間警備会社の警備員が立っているだけだった。大雨の中も彼らは立ち尽くしていた。可哀相とも思うが、いったい何のために立っているのか?これ全て税金で賄われるのだ。この工事には壮大な税金が浪費されている。
翌朝、未明にまた辺野古に移動。陸上から資材の搬入などは無かったが、海上には6名乗りの海保のゴムボートが10艇出ていたそう。実際の作業は陸上でフロートなどの準備作業が行われただけだが、辺野古工事再開と、安倍首相はオバマ大統領に真珠湾で胸を張ったようだ。どこまでも、国民ではなく、県民ではさらさらなく、アメリカにのみ目が向いている人だ。
昨日は年賀状を書こうと机に向かったが、2時過ぎから我が家(那覇)の上をオスプレイやその他の米軍ヘリが飛び続け、おめでとうの言葉を記す気にはなれない。30日は今年最後の嘉手納行動の日。毎金曜日早朝嘉手納基地の撤去を求めての行動、39回目であった。金曜はいつも高江で参加できなかったが、やっと最後に間に合った。さすが極東最大の空軍基地、次々と米兵・関係車両がゲートに入ってい行く。思えば39年前、沖縄に来て感じたことの一つがこの嘉手納基地の広大さ。自分の住んでる那覇市の中学校の運動場のあまりの狭さに、これはサブグラウンド?メインは他にあるの?運動会はどうしてやるんだろう?と首を傾げた。そのすぐ後、58号線をバスで走っていると、どこまでも続く基地、その広大な芝生の中で、数人の米兵の子供たちが伸び伸びと遊んでいた、この不条理な光景はいまでも心に焼きつている。米軍基地は存在そのものが否定されるべきなのだ。

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■2016.12.25  送信  133

国民が納得するまで再開しないと言っていたが、6日後の19日からオスプレイは飛行再開した。国民の中に沖縄県民は含まれていないと明言したのも同然だ。20日から24日まで高江にいたがその間オスプレイが飛行しなかったのは、まやかしの「北部訓練場の過半返還」の式典当日22日と、クリスマスイブの24日だけだった。
県民の不安は一顧だにしないが、日米の都合で訓練は止められるのだ。オスプレイは、抗議する人々の頭上を何度も旋回し、集会傍のメインゲート付近で執拗にホバリング訓練を繰り返えしていた。
22日は大挙していた機動隊員の姿・警察車両は高江には全く姿が見えなかった。全て式典の警備に駆り出されたようだ(一部は安部かもしれないが)。会場のブセナホテル入り口の国道は正装で身を固めた機動隊員が抗議のメッセージを見せないようぎっしりと張り付いていた。大雨のなか北から南から県外から意思表示をする市民が国道に沿って、十字路を固めるように、並んだ。ブセナホテルに入るには自動車道を許田で下り北から南下するのが一般的で、私たちも北に厚く市民が並んでいた。その情報があったのだろう、南からパトカーに先導されあっという間に通り過ぎたらしい。
その後、同じ名護市で「オスプレイ墜落の抗議集会」が持たれこちらは4200名の市民、翁長知事、新里県議会議長などの出席のもと、雨に打たれた体を怒りの熱気が包んだ。あとでテレビを見ると、式典は狭いホールに空席が目立っていた。
20日には最高裁が不当な高裁判決踏襲する判決を出した。辺野古も苦しい闘いが始まる。しかし挫けるわけにはいかない、全国の皆様、一緒に安倍政権を葬り去りましょう。

 

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■2016.12.18 送信  132
先週も風が強く寒かった。そんな状況でも米軍ヘリは飛ぶ。写真最初は13日高江の上空を飛ぶオスプレイ。最近は朝・昼・夜と関係なくオスプレイを含む米軍ヘリが飛び回っている。13日も夜9時頃までヘリ音は聞かれた。その日、夜9時半頃、名護市安部(辺野古のすぐそば)集落のすぐ脇の海岸の浅瀬にオスプレイが墜落したことを翌朝知った。隣の宜野座村での抗議に耳もかさず訓練を強行した挙句の事故だ。同日夜11時半ごろには普天間飛行場では別機のオスプレイが胴体着陸という重大事故も起こしていた。安部の大破したオスプレイの残骸処理には米軍が立ちふさがり名護市長も立ち入らせなかった。防護服を着た米兵が機体の処理をする。2004年の沖国大へのへり墜落時と全く同じ光景が12年後も繰り広げられた。しかも4軍調整官は謝罪はなく、「人に被害が出なかった、県民は感謝しろ」と発言。大破したにも関わらず政府は不時着と言いつくろい、19日にもオスプレイの飛行再開を容認するらしい。沖縄はやっぱり植民地なのだ、そして日本政府・官僚はアメリカの従属国のメセンジャーボーイでしかないのだ。
14日は高江の機動隊は安部に派遣され砂利を護送することが出来ず、14日は早朝以外は砂利の搬入はなかった。しかし、15日には108台、16日には57台と砂利を送り込んだ。16日には防衛局・米軍関係者がヘリパッドを視察。完成とした。17日、メインゲート前でヘリパッド「完成」・オスプレイ墜落の抗議集会に300名が結集。その後辺野古のゲート前で900名が参集し怒りの集会が持たれた。翁長知事が22日の返還式典の中止を求めたのは当然である。

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■2016.12.12 送信 131

6日火曜日は高裁那覇支部が高江工事の差し止めを却下した。同じ日、宜野座村内では住宅上空をオスプレイの吊下げ訓練が午後2時過ぎから9時半ごろまで続けられ住民に騒音と恐怖を与え続けた。抗議も無視し4日連続同訓練が実施された。米軍には例え抗議は出来ても、司法も政府も止めようとしない。高江でも連日県道を越えて米軍ヘリが午後から夜遅くまで飛び続けた。他県の機動隊や防衛局にこの現実を見せたくなかったのか、工事強行後7月から4か月ほどは米軍の訓練は少なかった。
しかし最近はそういう外聞も放り投げ訓練が激しくなっている。これでオスプレイ用に新たに4つのヘリパッドが出来ればどうなるのだろうか。砂利が1日ダンプ120台が入るなどしながら、重機が出てきたり完成に近づいている様子だ。しかしこの完成は取りあえず形を作ったというだけ、ずさんな工事で現場はボロボロのまま前へ前へと突き進んでいるようだ。
10日は「高江ヘリパッド・辺野古新基地建設を許さない県民大会」がN1ゲート前であった。早朝から次々と個人で、乗り合いで、地域で、職場でバスや車を乗り合わせて何と700名もの人が集結した。盲学校の学生さん(成人)たちも初めて来てくれた。私は集会が終わったあと合流したがまだ多くの人が残っており、挨拶・歌などが続いていた。皆さん元気!元気!工事は進められても、逮捕者を出しても、なお、人は怯まない、ますます元気だ。夕方、久々に逮捕・拘留されている仲間たちの激励と抗議で名護署に行った。10日は「くつしたdeアクション」運動が繰り広げられていた。県警が仲間への靴下の差し入れを認めなかったのは人権侵害だとして抗議が続いた。カラフルな靴下や靴下を模したプラカードとこちらもその場に居るだけで元気の出る集会だった。

 

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■2016.12.06 送信  130
火曜日また逮捕者が出た。高江の県道で座り込んでいた男性(翌々日には釈放)と辺野古でブロックを積んで公務を妨害したとして再逮捕の山城さん他4名。1月の事案を、しかも警察の目の前で行われその場で処理できた軽微な事案を、今頃なぜ?弁護士も首を傾げる。前日高江ヘリパッド建設の容認ととられる、辺野古の基地内隊舎の建設容認の知事発言を受け、ここぞとばかりに仕掛けたのだろう。沖縄平和運動センター・辺野古テント等8カ所の一斉捜索もされた。知事発言は「オスプレイの配備反対は変わらない、高江の問題もその関連でおのずと収斂される」との政策発表と矛盾するのではないか。私には2年前の知事の立候補時の発言で印象深い言葉がある。
「市民に政治家がやっと追いついた」との言葉だ。現場で平和に向け闘っている市民には保守も革新もないということ。しかし、今、辺野古・高江で行われていることはそれだけではない。市民は人権蹂躙、違法弾圧、環境破壊などの前線に立たされている。市民は2年前より大きく前に進んでいる。知事は2年前の政策枠を最小枠で守ろうとしているようだ。この枠を最大限広げて早く市民に追いついて欲しい。先週は米軍ヘリが午後から夜までずっと爆音をまき散らしていた。オスプレイだけでなく新型ヘリも飛んでいたらしい。写真は、この騒音・ダンプや車両がまき散らす砂埃のなかで咲いているダイサギソウ(11月初旬撮影)。
ダンプ3000台を超えて砂利が森に投げ込まれている。H地区は土中からホースで水をくみ出す作業が見られたそうだ。違法突貫工事で進捗しているようだが、ずさんな工事で森に更なる負荷をかけている。今からでもいい、もう工事は中止してほしい。最後のひと月になるかもしれない、全力で立ち向かいましょう。高江に来て欲しい。

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鳩山元首相が語った「あの時」

▼信州沖縄塾講演会報告
                         〔運営委員 小林袈裟雄〕
10月10日、長野県上田市において、信州沖縄塾主催の「対米従属共同体から平和立国への未来!『この国の政治の行方』」と題する講演会が開催された。
講師には、2009年9月民主党政権時に内閣総理大臣になった鳩山由紀夫さん(現・東アジア共同体研究所理事長)、ジャーナリストで日本の政治経済に精通している高野孟さん(現・東アジア共同体研究所理事)、そして沖縄問題に造詣が深い緒方修さん(現・東アジア共同体研究所琉球・沖縄センター長)の3名を迎えた。
この講演会は、いま日本の国は70年間続いてきた平和と安全が、安倍自公政権誕生以来、根本から破壊されようとしている。集団的自衛権を容認し、着々と『戦争のできる国』へ進められようとしている。米国の世界軍事戦略の下に対米従属国として日本は組み込まれ、東アジアに緊迫した政治情勢を作りだしている。日米安全保障条約の維持のために沖縄に米軍基地を集中させ、その危険を押し付けている。普天間飛行場の移設という新たな基地を辺野古に、危険なオスプレイのヘリパッド基地建設を高江地区に、日米両政府はかたくなに押し進めている。
その沖縄の現状を作りだす転換点になった一つが、2009年9月に誕生した当時の鳩山政権下の沖縄政策の変遷であった。まさに『この国の政治の行方』を暗示する出来事だったと言える。当事者の鳩山さんに真相を語ってもらい、沖縄問題に精通されている高野さん、緒方さんのお二人に、沖縄で今起きている現状を聞き、『この国の政治の行方』を、主権者である私達一人ひとりが、どう行動していくのかを考えるために開催された。
■■問答無用の沖縄政策〜沖縄問題を全国化しよう
講演会第1部は、緒方修さんから「騒擾(そうじょう)の海から平和の架け橋を」と題して、沖縄で今起きている実態について報告を受けた。
沖縄県東村高江地区でのヘリパッド建設を巡り、政府は米国と12月末までに完成させるとの約束を果たすために、6基中2基しか完成していないことに、焦りを深め次のような強行手段をとっている。
・参議院選挙の終わった数時間後に500人の機動隊が押し掛けている。・伊江島の滑走路や駐機場の拡張整備し大型ヘリの離着陸訓練が出来るようにしている。・ヘリパッド工事に使う重機を民間ヘリや自衛隊ヘリを使って運ぶ。・反対派住民を暴力的に排除、逮捕して圧力を強めている。
政府はこれまでも、高江にはオスプレイは来ない。辺野古基地は民間と共同で使う等、嘘を並べてたてながら事は強圧的に行ってきた。
沖縄に対する日本政府の態度は今始まったことではない。琉球時代から常に沖縄は「捨て石」にされてきた歴史がある。沖縄県民の願いは「美しい海を埋め立て、人殺しの基地を創らない」という一点だ。各種の国政選挙、県知事選挙、議会選挙で民意ははっきりしている。
緒方さんは最後に「本土では高江で起きていることの報道が少ない。本土で沖縄の現状を伝えるための活動を強めて欲しい」との要望で締めくくった。
■■米国の圧力と官僚支配を打破できなかった
講演第2部は、元内閣総理大臣鳩山由紀夫さんとジャーナリストの高野孟さんの二人に、羽田由紀さん(塩田9条の会共同代表)、伊波敏男さん(信州沖縄塾塾長)が質問をして回答を得る方式であった。テーマは「友愛と東アジア共同体」、その一部を紹介する。
【質問1】
2009年9月に鳩山政権発足した。しかし、翌年の6月突然鳩山さんは総理大臣を辞任した。辞任の理由は日米関係、特に辺野古移設をめぐる迷走、官僚組織の非協力、政治資金問題等の情報がありましたが、辞任の真意をお聞きしたい。
【回答】(鳩山さん)
普天間移設では、公約通りに辺野古以外に探す事はしましたが、自分の政治的力が足りずに、沖縄の人々に失望を与えて裏切ってしまった。
(胴颪琉砧呂ものすごかった。官僚の面従腹背に会い、官僚支配を打破できなかった。特に外務省の嘘のシナリオで、「辺野古しか無い」と言わされ、「抑止力論」を辻つま合わせで持ちだした。「地理的優位性」についても、中国・北朝鮮に近いことは、かえって危険である。このことは米国も承知している。それでも海兵隊の基地が沖縄なのか、それは「思いやり予算」があるからだ。・政治資金問題では母親から借りたお金を献金としたが本当に自分は知らなかった。しかしそれで総理大臣を辞めたわけではなく、沖縄政策の失敗で責任をとった。
【回答】(高野さん)
)餅桂姫丗膺辰亘姫匸覆慮世い覆蝓2田外務大臣は、辺野古ではなく嘉手納基地(広いので簡単にできる)内に移設する。海兵隊はいずれ出て行く、それまでの時間稼ぎで嘉手納基地と言う手もあると話していた。沖縄では鳩山政権の動きの結果「オール沖縄」の流れを作ったが、「オールジャパン」は出来なかった。これは鳩山政権に国民の支えが無く、特に本土の責任は大きい。2縄に前線基地を置いたのは、第二次朝鮮戦争を想定していたからだ。しかし、これからは陸上戦は2度とない。北朝鮮も陸軍を120万人も減らして、核武装に向かっている。・台湾海峡問題や尖閣諸島問題で海兵隊は100%動かない。何の抑止力にもならない。
【質問2】
鳩山さんの現在の政治活動は、東アジア諸国の友好をめざす行動に全力を傾けていますが、覇権国家であり続けようとする米国と、覇権国家たらんとする中国の間にあって、これからの日本はどのような政治的、経済的自立国家として存在していくのか、お聞きしたい。
【回答】(鳩山さん)
ヾ靄椶呂つての沖縄琉球の様なスタンスを日本がとる(全方位外交)。∧胴颪惑童国家としての存在が薄れている。オバマも覇権国家をめざしているわけではないが、米軍の力に逆らえない。確かに中国は覇権国家をめざしている様だが、中国恐怖論を前面に出して日本のナショナリズムを煽っているのが安倍政権。F本は対米従属国家から脱却して、アジア、特に中国との関係強化をしていく、そのために「東アジア共同体」構想がある。その一環として中国を中心とする『アジアインフラ投資銀行(AIIB)』がその役割を果たすと考えている。この地域全体を平和にしたい。そのためにこの地域の経済的格差を縮めて行く、それによって「テロ」を無くす一助にする。
【回答】(高野さん)
仝飢縄知事の太田昌秀さんは、沖縄の基地が無くなれば、沖縄は「アジアのへその位置」として非常に役に立つ。特区として位置付け、文化を含め国際都市計画ができる。沖縄に補助金を多く出していると政府は言うが、ほとんどがひも付き補助金だ。沖縄として自由に使えるようにする。沖縄を丸ごと特区、次に連邦制、そして独立と言う順序もありうる。
■■民衆の視点での「東アジア共同体」構想を
鳩山さんは最後に、「沖縄の日常は基地によって本土の日常とは全く想像できない程危険にさらされている。沖縄の構造的な差別実態は本土のマスメディアから隔離されている。沖縄塾の皆さんを含め、本土の人達はもっと沖縄の問題に関心を持って、一緒に闘っていって欲しい」としめくくった。
講演会後の交流会では、「これからの活動として、若い人たちに平和について関心を持ってもらうために、まず沖縄と信州の中学生を中心とした交流を深めて行きたい」との提案があり早急に取り組むことを確認した。
私たちは鳩山さんが提起する国家同士の「東アジア共同体構想」もさることながら、虐げられ、抑圧された民衆の「共同体構想」を創りあげて行く視点を持っていきたいと思う。その思いを強くした講演会であった。 《2016.12.1 人民の力誌より転載》
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ブッロコリーの森から

■2016.11.28  129
週末はやんばるも一気に冷え込んだ。政府が返還を目論む日まで1か月を切った。それでも市民は諦めることはできない。今週から月・水・土曜と週三日が行動日となった。市民が座り込んでいる水曜日はN1ゲートから砂利は入れられなかったがメインゲート内にはダンプがせっせと砂利を貯め込んでいる。
そして翌日は5往復、翌々日は7往復とメインゲートから砂利をピストン往復する。人の少ない早朝のトレーラーによるメインゲートの搬入も、未明のN1ゲートからの資材の搬入も止まない。26日土曜日は9時過ぎに12台のダンプがメインゲートに入ったがその2回目を阻止すべく、市民は車であるいは徒歩で30分以上かけてN1ゲートから続々とメインゲートにやって来た。
写真は抗議する市民を安全のためと言って包囲する機動隊。市民の2-3倍の機動隊員が市民を囲い込み工事反対の意思表示の機会を奪っている。水曜日はN1での集会時いままでずっと使用してきたマイク車が駐車禁止内だからどけろ、違反切符を切ると言い出した。そしてレッカー車まで準備し脅しをかけた。このレッカー車は東京の品川ナンバーだった。三重・奈良ナンバーの工事車両も現場には来ている。
沖縄の警察官の定員を100増員する。工事を強行するためには何でもありだ。26日には酒気帯び運転で米兵が逮捕されている。22日はオスプレイなどが低空飛行を続けた。この危険からは司法も守ってはくれない。普天間爆音訴訟では飛行による健康障害は認めながら飛行差し止めは求めない。危険は源を取り除かなけれな無くならない。だから今作らせないために頑張るしかない。
今日の地元紙では「工事をやり直している」と報道された。これも市民が必死の思いで現場で確認したものだ。台風などでそうなったのではない。基地内で如何にずさんな工事を強行しているか、作業員の安全確保もしないまま。当初砂利はダンプ1500台ぐらい必要と言われていたが、やがて3000台に達する。工事を現場を見た人の話では抜根もしないまま砂利を敷き詰め、トラックが通るとすぐまたボコボコになる、いっぱい必要なのはよく分かると。森に大量の砂利が投入され続けている。
どうかこの森の破壊をこれ以上させないため現場に来てください。人が今の倍集まれば最初から2面作戦がとれ、N1もメインゲートも座り込みできる。もう日がありません。

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