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誕生からこれまでの歩み

機ドの音
 2004年の3月20日、電話口の相手は沖縄県立与勝高等学校教師のGさんだった。
「5月の3日、4日に、長野俊英高校の生徒が呼びかける高校生の『ピースイン松代』が開催されます。与勝高校から女生徒3人と引率者として私が同行したいと思います。宿泊をお願いできないでしょうか」
同校と私の縁はハンセン病問題の講演会によって結ばれていた。三線と沖縄の歌も披露しながらの沖縄報告も無事こなし、沖縄に戻る日の朝の食卓は、いつもの夫婦二人のだけの朝食と違い、にぎやかな声が交わされていた。突然、Aさんの感極まった声にそのざわめきが消えた。
「私ねー、二日間つづけて木々を渡る風の音を耳にした」
その言葉の意味を理解しかねて問い返した。
「君たちのふるさとの勝連半島は、海に近くて、いつも海風が渡っているでしょう」
「ちがうの。風だけのまざりのない音って……。だってねー、私たち生まれてからずっーと、朝一番に耳にする最初の音は、空気を切り裂くジェット戦闘機の爆音だもの」
「……」
「あのねー、風と鳥のさえずりの音って、とてもやさしいのねー」
その意味を理解した瞬間、私の中の「沖縄」が打ちすえられた。私は沖縄で生まれ、16歳まで沖縄島で過ごした。そのためいつも「沖縄」を精神軸の中心に据えながら生きていると、自負しているつもりになっていた。
それがどうしたことだ!私の中の「沖縄」は、いつの間にか、今の「沖縄」から遠い位置に存在している。私の中の「沖縄」は、ただ懐かしさと過ぎ去った時をたぐり寄せるだけの故郷のレベルに成り下がっていた。子供たちが今、感じ取っている音の痛みにさえ鈍感になっている。急に恥ずかしさが込みあがってきた。
もう一度、ボタンを掛け直そう。そう思い始めているとき、上田市在住の友人Bさん、Cさんと雑談していると、「沖縄を知りたい。この国の未来に責任を負うためにも、沖縄から学びたい」との要望が強いことを知らされた。
そして、その準備が進められた。

供ノち上げ
 2004年8月5日、沖縄がくぐりぬけてきた歴史や現在を学びながら、長野県から平和問題を考える「信州沖縄塾」(塾長伊波敏男)を立ち上げたことを、長野県庁で記者会見をしました。
呼びかけ人は他に、親里千津子(沖縄戦の語り部)、四竃 更(牧師)、横田雄一(弁護士)、表秀孝(大学教授)、岡嵜啓子(塾経営者)、川田龍平(大学講師)の計7人。
 私(伊波)は記者会見で「歴史を振り返ると、沖縄はわが国の都合に振り回されたてきた」と第二次世界大戦の沖縄での地上戦や米軍基地の集中を指摘。松代大本営地下壕と多くの県民が送り込まれた満蒙開拓団など、沖縄と長野県との歴史的な共通点やつながりを踏まえ信州で「信州沖縄塾」を立ち上げた意味について述べました。そして開塾に際して、次のように呼びかけました。
私たちの国は、今、1920年代の姿かたちに昔帰りをしようとしています。私たちの肉親やアジアの人たちの命の犠牲で得た、他国との争いごとに暴カを振るわない、他の国を従えようとしない、自分たちと違う宗教や文化や習慣を尊重しますと、約束したはずの「この国」で、「現状に合わせた新しい国の形」とか、「有事に備える法律」とか、「国際的役割」や「人道支援」の掛け声がにぎにぎしく語られ、それを求める人たちが踊り出しました。「国家」や「公」を唱える声が大きい時代は、間違いなく、小さい者や弱い者がないがしろにされる社会です。
 私たちの安全と平和は、アメリカとの協力関係によって守られていると、多くの人たちが信じています。その砦であるアメリカの軍事基地が、小さな島に集められ悲鳴をあげていても、南の島オキナワの青い空と海、ひと時の癒しを求めて訪れる非日常の地であり、日常的に表出しているオキナワの痛みや苦しみは、やはり、ローカルの他人事でしかありません。私たちにとって沖縄は、一体どのような存在なのでしょうか。
 そして、沖縄にとって「日本国」は、何ものだったのでしょうか。
 1609(慶長14)年、島津藩は兵三千と船百隻で琉球国に攻め入り、それから260年、琉球国は島津藩の支配下に組み込まれました。そして、1879(明治12)年、松田道之大書記官は、官史30余人、巡査160余人、歩兵300余人を引き連れ、明治政府の強カな意志で琉球処分を断行し、名実共に日本帝国への組み人れを完了しました。
 1945年3月26日、住民44万人(犠牲者13万人)が住む小さな島に、まず、空と海を制圧したアメリカ軍548、000人(戦死者14、000人)が侵攻します。迎え撃つ沖縄守備隊は、学徒隊、防衛隊を含め116、000人(戦死者 93、900人)、圧倒的火力の前に、ついに9月7日、降伏文書へ調印したことで沖縄戦は集結します。
 本土の防波堤のための消耗戦は、多くの犠牲を沖縄に求めました。また、軍隊は生き延びるためには銃口を自国民に向けることも証明しました。破壊され、奪われながらも戦火をくぐってきた沖縄住民を待ち受けていたのは、「この国」が生き延びるため、1972(昭和47)年まで、この島をアメリカに丸ごと献上することでした。南の小さな沖縄の400年は、いつも、日本国の都合によって切り捨てられ、あるいは肩代わりを求められる歴史でした。
 「平和」の彩度と明度は、暴力と権力を使う側からは見えないものです。支配され、奪われ、傷つけられ涙を流した者は、暴力や争いごとの愚かさを知っています。
 「この国」の行く末が怪しくなった今だからこそ、「沖縄の丸ごとが平和研究の場所である」と、私たちは認識しています。沖縄発の出来事から、沖縄で生活している人たちの息吹から、醸成された文化と時間から、「この国」の今と未来を見つめ、血の通った人が生きるにふさわしい時代を見つけたいと声をあげました。
 私たちの国は今、危険な岐路に立っています。
 だからこそひとり一人が、自己決定によって自立する市民の「志」を高く掲げ、もう−度、「この国」が守るべきもの、進むべき未来、人が生きるに値する社会づくりを考え、国や思想や宗教、文化の違いを間わずに、同じ夢を持つ多くの人たちと手を取り合いながら歩き出したいと願っています。信州沖縄塾は、ゆったリと議論したい人が、それぞれの物差しで動き、たとえ違う意見をもっていても、互いに相手を尊重できる人ならどなたでも参加できます。
 ただし、あなたにつぎの質問だけはいたします。
あなたは「この国」の現状に異議を唱える人ですか?
あなたは「この国」の進路に危機感を持つ人ですか?
あなたは連帯して「この国」を変革することに賛意を持つ人ですか?
あなたは平和を守るために、自分ができることを探している人ですか?

(1) 目標
私は、沖縄の歴史と現状、文化を学びます。

私は、学んだことを糧にして、信州とこの国を検証します。
私は、それぞれの立場で行動します。
(2) 主な活動
講師を招いての講演会、DVD学習会、塾生による自主講座、沖縄ツアーなどを企画
(3) 塾生のあなたへ
年一回の総会への参加、運営委員会への参加、塾報の配布、塾保有のDVDの無料貸出し、既刊資料集の有料頒布
(4) 年会費 一般 2,000円 学生 1,000円
郵便振込先 口座記号 00530-1
口座番号(右詰めで記入) 94260
加入者名義  信州沖縄塾
(5) 連絡先

★沖縄塾e-mail:soj@ued.janis.or.jp

★沖縄塾HP http://soj.jugem.jp

. 設立から、これまでの取り組み
■2004年9月5日設立(上田市 長野大学リプロホール)
*開塾記念講演会「沖縄はもうだまされない」講師:真喜志好一さん(建築家・沖縄環境ネットワーク世話人)
*開塾には、今は亡き評論家岡部伊都子の詩が開塾記念誌の表紙をかざり、次のメッセージがカン パとともに寄せられた。
すばらしい信州沖縄塾ご開講のこと承り心からお喜びし、感謝しております。ささやかな野草花束を献じます。」

こどもらを 売ったらあかん
まごころを 売ったらあかん
こころざしを 売ったらあかん
大自然を 売ったらあかん

〔詩・岡部伊都子〕


■2004年10月 辺野古の「ヘリ基地反対協議会」にカヌー進呈
*カヌーの船体に信州沖縄塾のロゴが記入されている。

■2005年2月 パネルディスカッション「戦争を語り継ぎ、平和を紡ぐ」
* コーディネーター 下嶋哲朗(ノンフィクション作家) * パネリスト  川満美幸(沖縄国際大学生)
* パネリスト 大塚 拓(長野大学生)親里千津子(沖縄戦の語り部)
■2005年5月 「消えゆく沖縄の山・川・海」
*「沖縄の自然破壊と住民運動」 講師/宇井 純(沖縄大学名誉教授)
■2005年9月 1周年記念特別講演会「沖縄近現代史を学ぶ」
*宜嶌臓峅縄近代史」(新城俊明/嘉手納高校教諭)
*狭嶌臓峅縄現代史」(新埼盛揮/沖縄大学前学長)
■2005年10月 第1回沖縄の家庭料理教室
*「食はくすいむん」  調理師/伊波米子
■2006年5月 第1回沖縄ツアー
*「沖縄の地に自分の足で立ち、今の沖縄をそれぞれの目でみて、自分自身の肌で感じよう!」
※テレビ信州が同行取材  「ある市民グループの沖縄訪問」
■2006年9月 2周年記念特別講演会 
*テーマ「沖縄は拒否する」  講師/目取真 俊(芥川賞作家)
■2007年2月〜10月 「連続講座・小さいものの視座」
機岾ッ健次郎さんと沖縄」小宮山量平(「理論社創業者」・作家)
供嵜略以前のアイヌ社会」長谷川 修(アイヌ解放同盟)
掘崑佛牢櫃ら学ぶこと」吉川由紀(元対馬丸記念館専門員)
検峅縄の自立を阻むもの」島田善次(宜野湾告白教会牧師)
后峅縄の財政〜基地なき沖縄を考ええる」宮本憲一(大阪市立大学名誉教授)
■2008年3月 「カメラの目/人間の眼」 
* 講師/石川文洋(報道写真家)
「写真を単なる情報として捉えるのではなく、人間の眼(感性)を通してカメラマンの意思を読み取る」
■2008年8月 「米軍基地沖縄から主権在民を問う!」 
* 講師/山内徳信(前読谷村村長)
「村独自の自治体外交で、米軍基地の中に読谷村役場を作る」
■2008年9月 ドキュメンタリー映画「ひめゆり」上映
*上田市「でんき館」で、柴田昌平監督のトークをいれて6日間上映
(小中学生含む470名が観賞)
■2008年11月 「教科書検定問題と大江・岩波裁判」 
* 講師/石原昌家(沖縄国際大学教授)「『集団自決』をキーワードとして」
■2009年2月 第2回沖縄の家庭料理教室
*上田市城下小学校「家庭実習室」 調理師/宜野座久美子,アシスタント/宜野座映子
■2009年6月 「やんばるの森を通して〜沖縄の自然を考える」 
* 講師/伊波義安(NPO法人奥間川流域保護基金代表)
■2009年10月 五周年記念公演「琉球の芸能・伝え継ぐ力」 
* 長野市勤労者女性会館「しなのき」   地謡/目取真永一 他, 舞踊/宮里加代子 他

■2010年3月〜2011年11月「連続講座 NO1〜11号報告集」 
*塾生(11人)の自主講座「私が考える沖縄問題〜学びあい・知り・伝えあう」
■2010年5月 「連続講座8回 私たちがふれた・感じた・沖縄」
*報告者 広沢里枝子(SBCラジオキャスター)/盲導犬ネルーダ,芹澤文子(臨床発達心理士)
■2010年10月 信濃毎日新聞に意見広告を掲載 
「この豊かな海を戦争のための基地にさせない!」
* 賛同者数/4366名(記名者数3805名・匿名賛同者数561名)* 賛同金/514万円
■2012年2月 パネルディスカッション 「地方マスメディアは『沖縄』をどのように伝えてきたのか?」
主催/信州沖縄塾 後援/長野県・長野県教育委員会・長野市・信濃毎日新聞
開催場所/長野県民文化会館
*コーデネーター/伊波敏男(信州沖縄塾塾長) *パネリスト/中馬清福(信濃毎日新聞主筆)
*パネリスト/ 中平雅彦(高知新聞編集局長)具志堅勝也(琉球朝日放送報道制作局長)
■2012年11月 第2回沖縄ツアー 
11/7 第32軍司令部後→首里城
11/8 嘉手納基地→普天間飛行場→宜野湾市役所→沖縄愛楽園
11/9 今帰仁城跡→伊江島→わびあいの里→土の宿
11/10 名護市→東村・高江
11/11 ヤンバルの森
■2013年6月8日〜29日 映画「ひまわり」上映 
* 主催/上小地区上映実行委員会(上田市、東御市、丸子町1000余人が観賞)
■2014年4月10周年記念講演「ひとり芝居・にっぽんじん?」
* ひとり芝居/北島角子(琉球女優)
* 琉球舞踊/新里春加  * 絵本朗読/新垣武史  * 報告・沖縄の今/宜野座映子
■2014年8月「報告集会」辺野古のたたかいに参加して
* 辺野古の闘いに連帯して(沖縄塾派遣) 信州大学生・安永義祐さん(8/12〜8/20)
■2015年5月第3回沖縄ツアー
* 辺野古を自分の問題として (信濃毎日新聞記者が同行取材 14名)
■2015年8月「沖縄フェア」
 第一幕】「平和な日本、沖縄をつくるために!」/長野大学リブロホール
*「アメリカから見た日本」ピーター・カズニック(アメリカン大学教授)
*「日本人の沖縄への責任」乗松聡子(ピース・フィロソフィー・センター代表)
【第二幕】「沖縄映像祭 in UEDA」/長野大学4号館
* NPO法人文化経済フォーラムによる24作品を上映
■2016年3月 国と県の「和解」、辺野古新基地建設事業は今後どうなるのか?」
* 講演者 北上田 毅(沖縄平和市民連絡会・ヘリ基地反対協抗議船船長)
■2016年6月第4回沖縄ツアー
* 県民大会参加 「辺野古・高江の闘い」への旅 (4名)
■2016年8月沖縄からのメッセージ「沖縄の今を撮り続けて」
* 「裂かれる海」を制作して/島袋夏子 (94名)

検イ海譴泙任鉾行したもの
〜牢号「沖縄はもうだまされない」 真喜志好一
特集号「沖縄の痛み・平和をつくり出す」 平良夏芽
F箪弦 「戦争を語り継ぎ・平和を紡ぐ」 下嶋哲朗
て箪弦罅峅縄の自然破壊と住民運動」 宇井 純
テ段鵡嶌楕鷙霆(第一講座)「沖縄近代史」 新城俊昭
ζ段鵡嶌楕鷙霆(第二講座)「沖縄現代史」 新崎盛暉

第1回沖縄ツアー報告集「沖縄に学びこの国の今を見つめよう」
特別講演会報告集「沖縄は拒否する」 目取真 俊

連続講座報告集 「小さいものの視座」 信州沖縄塾
自主連続講座報告集(癸厩罅11号) 広沢里枝子、芹澤文子他、運営委員10名
「地方マスメディアは『沖縄』をどのように伝えててきたのか?」信州沖縄塾in長野
第2回沖縄ツアー「参加者感想文集」
信州沖縄塾in上田「星条旗と日の丸の狭間で〜沖縄返還と核密約」
信州沖縄塾in上田「捨てられた石」〜在日として生きてきて、見出したこと〜
信州沖縄塾in上田「米軍再編と岩国基地〜日本の空は今も占領下」
姐岷蕾駟鷙霆検嵎刃造米本、沖縄をつくるために!」
★信州沖縄塾「事務局通信/沖縄塾塾報」(癸厩罅31号)

后2016年度 運営委員及び会計監査
*塾 長 伊波敏男
*副塾長 大村忠嗣
*事務局 村山 顕
*会 計 遠藤正子
*運営委員 小林袈裟雄 門屋和子 橋本春雄 正村正博 横田雄一 竹内茂人
*会計監査 安藤しん子

此タ兇衒屬辰
 お招きしたゲストの顔ぶれは、沖縄の市民運動の第一線に立って担っている方々である。それはまた、信州沖縄塾への期待と評価を、沖縄の皆様から受けていることになる。しかし、私にとって沖縄問題への責任 の負い方は不十分と言わざるを得ない。
 沖縄問題を学ぶことによって、この国の現状を知り、知ることによって自分の立ち位置を明らかにし、自分ができることから責任を果たしたいものである。信州沖縄塾は塾生と賛助塾生を含めても、わずか200人弱の小さな市民組織である。塾生自身が自ら関心のある課題について学び、講師となって問題提起をするまでにいたった。思いを曖昧にすることなく、息長く歩みつづけたいと願っている。

 そして、信州沖縄塾の新たな10年の歩みが始まった。

                                                                                     

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