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ブッロコリーの森から

■2016年12月30日送信 134
26日、翁長知事が前知事の取り消しを、「最高裁での敗訴」を受けて取り消した。これで前知事の承認が復活した。最高裁の判決には執行力はないので取り消しを自らする必要はない、するにしても締切日はないので県民への説明を十分してから、待ってほしいと県庁・知事公舎で要請したが適わなかった。27日すぐにも政府は工事に着手するかもとのことで、27日はまず辺野古に向かった。高江の工事が始まってからは座り込みには全く参加できなかったので、ゲート前で皆と座り込むのは何か月振りだろう。当日は雨・風が強く今日の工事強行はなさそうとの判断で高江に移動した。高江では警察車両・機動隊員の姿は全く見えず、民間警備会社の警備員が立っているだけだった。大雨の中も彼らは立ち尽くしていた。可哀相とも思うが、いったい何のために立っているのか?これ全て税金で賄われるのだ。この工事には壮大な税金が浪費されている。
翌朝、未明にまた辺野古に移動。陸上から資材の搬入などは無かったが、海上には6名乗りの海保のゴムボートが10艇出ていたそう。実際の作業は陸上でフロートなどの準備作業が行われただけだが、辺野古工事再開と、安倍首相はオバマ大統領に真珠湾で胸を張ったようだ。どこまでも、国民ではなく、県民ではさらさらなく、アメリカにのみ目が向いている人だ。
昨日は年賀状を書こうと机に向かったが、2時過ぎから我が家(那覇)の上をオスプレイやその他の米軍ヘリが飛び続け、おめでとうの言葉を記す気にはなれない。30日は今年最後の嘉手納行動の日。毎金曜日早朝嘉手納基地の撤去を求めての行動、39回目であった。金曜はいつも高江で参加できなかったが、やっと最後に間に合った。さすが極東最大の空軍基地、次々と米兵・関係車両がゲートに入ってい行く。思えば39年前、沖縄に来て感じたことの一つがこの嘉手納基地の広大さ。自分の住んでる那覇市の中学校の運動場のあまりの狭さに、これはサブグラウンド?メインは他にあるの?運動会はどうしてやるんだろう?と首を傾げた。そのすぐ後、58号線をバスで走っていると、どこまでも続く基地、その広大な芝生の中で、数人の米兵の子供たちが伸び伸びと遊んでいた、この不条理な光景はいまでも心に焼きつている。米軍基地は存在そのものが否定されるべきなのだ。

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